ブーベ島QRV計画発表

 その後、色々の噂が流れては消えたが1989年7月、あのピーターT世島から初めて運用したLA1EEのグループより極めて実現性の高い計画が発表された。

1989年7月3日(月) オスロ発

Expedition to Bouvet0ya 1989/90   WELCOME TO CLUB BOUVET !   News Release # 1:
 1987年に3Y1EE/3Y2GVでピーターT世島から史上初のDXペディションを行ったノルウェーDXグループでは今回、LA1EE、LA2GV、LA6VMを中心としてクラブ・ブーベを結成した。
私達はクリスマスから来年初めにかけてブーベ島へのDXペディションを計画している。
オペレーターは、LA1EE、LA2GVで二人ともピーターT世島からのQRVの経験があります。
このDXペディションの費用はUSドルで約 $200,000 かかるため、約半分は世界のDXファンディーション、クラブ、グループ、個人の寄付にてまかなう予定です。
少額の金額でも集まれば、大変な金額になります。あなたの寄付もよろしくお願いします。今後の情報は、LA1EEかLA6VMより連絡します。
会計担当は、LA6VMです。

Club Bouvet P.O.Box 88,1361 Billingstadsletta,Norway
LA1EE Einar Enderud (member # 1)
   Project Manager
LA2GV Kaare Pedersen (member # 2)
   Logistics Manager
LA6VM Erling J Wiig (member # 3)
   Treasurer & QSL Manager

1989年7月12日 (水)
         
 15時33分:CQ出版社編集部のファックスが忙しい音とともに作動しはじめた。
それがノールウェーからの第一報であった。続いて、JA1BKから「LA6VMからの国際テレックスを見たか」と連絡がある。

1989年7月27日 (木)

 アイナーから「ブーベ島DXペディションに対する日本におけるスポンサーについて」と題するテレックスがJA1BKに届く。
それは「クラブ・ブーベは、ブーベ島DXペディションを通して、日本及び世界のアマチュア無線機器市場における特定の製品の販売促進を目的とする宣伝活動を行うため日本の企業と関係を持ち、ペディションに必要な資金を得たいと思っている。
その見返りは今回のブーベ島DXペディションが、日本から、より交信をしやすくなるという結果になってあらわれる」という書き出しで始まるものだった。これに対してJA1BKは、DXペディションのために「貴社の製品を使うから」という触れ込みでリグや資金を集める形には同意しかねる旨のアドバイスをした。

1989年8月8日 (火)

 アイナーから「ヘリコプター付きの船をチャーターするに当たって、援助についての取り決めをしたい。
CQ出版社として30、000ドル程度(約1、500万円)の援助は可能であるかどうか、またこのDXペディションを援助してくれそうなスポンサーの可能性についても考えてほしい」という内容であった。

1989年8月9日 (水)

 アイナーからの援助依頼に対して「最終的な回答はしばらく待ってもらいたい」と連絡する。

1989年8月14日(月) オスロ発

Expedition to Bouvet0ya 1989/90   WELCOME TO CLUB BOUVET ! News Release # 2:
 クラブ・ブーベでは今回のDXペディションのためにヘリコプター付きの船を使用する予定です。
その理由は、島での運用時間を増加させ、ヘリコプターなしでは行くことの出来ない島の東側にある崖の上での運用を可能にし、多くの局との交信を可能になる。しかし、ヘリコプター付き船舶をチャーターするのにはまだまだ予算が足りないのが現状です。ヘリコプター付き船の最終契約は9月15日になっています。
今までの寄付状況は14カントリー、90人でアメリカ36、3%、日本19、5%、カナダ16、7%、ノールウェー11、3%、メキシコ4、2%、スイス4、0%、オーストラリア3、7%、その他1、8%になっています。
そこでもう一度お願いしますが、9月15日の契約最終期限までに多数の援助をお願いします。

1989年8月29日 (火)

 CQ出版社として、サイクル22のビッグ・イベントと判断したうえで、アイナーに9月15日までに指定口座に30、000ドルを振り込む」旨を連絡する。

1989年9月10日(日) オスロ発

Expedition to Bouvet0ya 1989/90 WELCOME TO CLUB BOUVET ! News Release # 3:
 チャーターするヘリコプターと船の決定日程延期のお知らせ。船の持ち主が決定の日程を猶予してくれ10月15日まで延期してくれました。
しかし、我々の目標の日は12月22日上陸の予定に変わっていません。
ノールウェーの動物学者の率いる科学調査の責務もせおっています。
寄付については日本が全体の62%で世界で一番多くなりましたが、他のグループとも話し合っています。これで船の契約は今後いっそう明確になりますが、最終決定前にはもっと資金が必要でしょう。
クラブ・ブーベでは今までに寄付してくれた方々に感謝し、今後地元の地域的に協力される方を期待しています。
一部で噂されている別のブーベDXペディショングループに私どもは、ゲスト・オペレータとして招かれましたが断わりました。
我々は、1990年2月に18ー20名のハムと科学者が予定しているDXペディションの中止を呼びかけています。 このグループは、まだ匿名を希望していますが、資金はアマチュア無線家以外よりすでに出ているようです。
ここで二つのDXペディションの違いをお知らせします。
a):クラブ・ブーベは、悪天候を考慮してスケジュールにもっと余裕が必要である。
b):ブーベ島はいろいろな危険があり、動物の生活地域によって著しくQRVの場所は限定される。
  何人のメンバーで運用するかは未定ですが、出来る限り少ない人数で長時間に渡りやった方がいいと考えています。
c):クラブ・ブーベはヘリコプターの使用を積極的にして多数の局と交信したく思っています。
  ブーベ島の中で電波伝搬上ショート・パスで必要な日本、オーストラリア、ニュージィーランド、ソビエト、東ヨーロッパが開いている地点があればヘリコプターを利用して仮設で短期間の運用を予定しています  ブーベ島の西の部分に設置した場合はロング・パスで交信が可能と思います。
  ヘリコプターは出発の準備や上陸の時間を大幅に減らせるため、DXペディションを成功させるためには重要です。
d):最後に、この二つのDXペディションは同じではなく、クラブ・ブーベのオペレーションはクリスマス休暇を利用するので他の時期は都合が悪くなります。
  以上のような理由で、合同のDXペディションは不可能ですが、我々は出来る限りの協力は惜しみません。
  しかし我々の協力者の方々は、クラブ・ブーベ計画の進行の実現を望んでいると思います。
ブーベ・クラブ寄付状況は目標の1、500万円の76%の内の65%を23カントリー、252の支持メンバーからいただいています。
日本62.4%、ノールウェー20.7%、アメリカ6.0%、オーストラリア4.0%、カナダ1.7%、スペイン1.1%、ドイツ0.9%、フランス0.9%、スウェーデン0.7%、スイス0.4%、メキシコ0.4%、その他0.2%以下になっています。

1989年9月12日(火)

 財務・QSLマネージャーであるLA6VMから、30、000ドルの送金を受領したとの連絡。

1989年9月19日(火)

 某報道機関からブーベのDXペディションは中止になったとの発表が流れ、日本中のDXerは騒然としたが、印刷ミスであることが分かりほっとした。

1989年9月20日(水)

 アイナーから30、000ドルを受領した、もしDXペディションが中止された場合は、返金すると伝えてくる。
また、ノールウェーの極地研究所から入手した5枚のブーベ島の航空写真を別送するとのことであった。

198年9月22日(金)
 
 ここで、とんでもないニュースが、各雑誌社に飛び込んで来た。
それは、KA9OIHよりA4版27頁にも及ぶブーベ島DXペディション計画の書類であった。

別グループの計画発表される

Bouvet Island Expedition Press Release by KA9OIH Friday,22 September 1989 a.m.

 原文の内容
1.ブーベ島DXペディションの経過 2.ブーベ島上陸チームの紹介 3.事務スタッフの一覧
4.ブーベ島での無線運用 5.協力大学スタッフ紹介 6.ブーベ島の気象レポート
7.調査船”ディープ・サルベージ”の紹介 8.ブーベ島上陸許可証のコピー 9.ブーベ島の無線用データ
10.ブーベ島無線局運用許可証のコピー 11.ブーベ島の地図

その1)
  ブーベ島DXペディションの経過
このDXペディションはW9SUが率いる。広報担当はKA9OIHで有る。 
 2年間におよぶ調整により、ブーベ島に科学調査隊と共に12名のインディアナポリスのDXサーが1990年2月2日より10ー12日間運用の予定です。
 地学の学者や医師、雑誌の記者、テレビの撮影隊、登山隊などのメンバーで行く予定です。
アマチュア無線は7台の無線機により160ー10mまでサテライトを含み運用の予定です。八重洲のFT−767GXや600Wとリニアも使用の予定です。3局のSSB局と3局のCW局、1局のサテライトのモードで同時運用し、WARCバンドにも力をいれます。また、太平洋の局との交信も望んでいます。
上陸地点はブーベ島の北西端の Nyaroysa で、1月25日にケープタウンを出港の予定です。航海は5日半の予定です。
スケジュールは1990年1月19日(金曜日) インディアナポリスよりケープタウンに向けて飛行機で出発。
1月21日(日曜日) 9時5分UTCにケープタウン着
1月25日(火曜日) ディープ・サルベージ号にて出港
1月31日(水曜日) ブーベ島に到着
2月1日(木曜日)  上陸開始、ベースキャンプ設営
2月12日(月曜日) ブーベ島を離れ一路ケープタウンに
2月18日(日曜日) ケープタウン到着
2月23日(金曜日) アメリカに帰国
DXペディションは今年の初めに組織され決行の予定でしたが、地学会等の要望により準備期間が短いために延期されました。ノールウェー政府によりブーベ島の上陸許可は1989年2月8日付けで発給され変更日程も報告しすでに許可済みである。又、島での岩石等の採集も許可された。
ノールウェー郵政局より、3Y0Bと3Y0B/MMの6バンドでの運用許可され、日程変更の許可証も近く発行される予定です。
このDXペディションは、サタディ・イブニング・ポスト、IBM、ペンタックス、ニコン、パンナム航空、日本八重洲無線、アメリカ地学会、アメリカの17大学それにW9WVO、W9SUらよって組織され、費用の約12万ドル(約1、800万円)は全額参加団体と協賛スポンサーより集まっています。
詳細な計画はまだ多少検討の余地はありますが、DXペディションチームは決行の時期を待っている状態です。南アフリカ無線連盟のZS1AAXやZS1DPなどにより選び抜かれた30名以上の乗組員により医療やテレックスなど色々の世話をやいてくれる予定です。
航海一週間後にブーベ島に到着して上陸場所を選びます。上陸はボートによって行い、ヘリコプターは島の動物に悪影響をあたえないためにも使用しません。
ベース・キャンプの設営に一日はかかりますので、無線の運用は翌日の朝からになります。
私達は、天候等の理由によりクリスマス休みには運用せず、来年の2月の氷や天候の良い時期に決行の予定です。LA1EEらのクラブ・ブーベより費用負担なしで誘いを受けましたが他のグループの都合その他で同行は出来ません。
3Y0Bは好サン・スポットの時期に最大規模で運用されます。今年末にはいろいろな国のニュース・ソースに公表の予定です。   DE:KA9OIH & W9SU

クラブ・ブーベ計画実行に

1989年9月10日(日) オスロ発

ブーベ島250年記念DXペディション  (1739ー1989) News Release # 4:
 チャーター船”オーロラ”号とヘリコプターは、ノールウェーを11月中旬にブーベ島に向け出発
船はモンテビデオで12月第2週にDXペディションチーム(アマチュア無線家、科学者、撮影隊)を迎えに行きます。 ブーベ島に到着予定は、12月25日で23日間島に滞在する予定です。
現地では、5局のアイコムのリグを設置して運用する予定です。
クラブ・ブーベでは他のアマチュア無線家にも参加するように呼びかけています。
今後の見通しですが、クラブ・ブーベは完全ではありませんが目標額の30万ドル近く集まったのでDXペディションの決行を決めました。
アマチュア無線や他の組織により支持されてはいますが、10万ドルの内の2万ドルが未回収になっています。DXペディションの資金はアマチュア無線家以外にもノールウェーの参加パーティーや企業からも来ています。今回に必要なライセンスや許可は全て取得しました。コールは3Y5Xの予定です。
 オーロラ号はアマチュア無線の世界では、1987年にピーターT世島に行ったのでおなじみだと思います。
オーロラ号は10月30日には港に入り、その後数日間は長期航海のための準備をします。
オーロラ号の出港の時は新聞社、テレビ局、ラジオ局を招待する予定です。
オーロラ号はブーベ島の航海の後はモンテビデオに戻ってから別の任務が予定されています。
クラブ・ブーベでは個人負担の算定の計算について話し合っています。
ここ何週間は大変つらい時間を過ごさなければいけません。それは企業や公的機関に対して寄付集めをするためです。しかし、我々の感じでは個人やクラブではまだ援助があると思っています。現在の調達目標は30万ドルで、7月に予算を組んだときよりは多くなっています。その主な原因は船とヘリコプターのチャーター料のためです。
今回、LA6VMは仕事の都合でいけませんが、クラブ・ブーベのQSLマネージャーと会計をやりながら、アマチュア無線家の追加参加や、企業や大学への寄付依頼の活動などをしています。
運用場所は2ヵ所
A)ベース基地はNyroysaでブーベ島の西です。
B)第2キャンプは氷河上で島の東側に設置し、ヘリコプターのみ着陸が可能です。
二つの場所設置が絶対に必要なのかはショート・パスでのQSO人口が多いカントリーが世界的にみて多いためです。 9日間を悪天候や出発や上陸のための予備日に、最低でも14日間は運用できると思います。
160m、6mとRTTYのQRVとDXバンドの80m−10mへの追加は現在考慮中です。希望があるRTTYの運用も後半には多少考慮の予定です。 今回の主目的は、出来る限り多くの局にDXCCのニュー・カントリーを与えるためです。
補足情報
通信機械:テレックスのホットラインをブーベ島のベース基地とノールウェーのDXペディション通信センター間に設 置します。
ブーベ島外部の基地としてバッテリーにてPCコンピューターに電源供給して、全方向アンテナの新しいプロが使  用している地球規模のインマーサットCシステムを使用する予定です。
科学的主目的:ペンギンやアザラシなどの生息動物調査をノールウェー政府や大学が行う。
ヘリコプター:科学者が地図の作成に使用する他は、上陸や離島の際、それに東のキャンプへ行くためにも使用する。ヘリコプターは上陸する時と運搬時に非常に便利です。上陸用のボートは持って行きますが、補助用です。
写真家:テレビのフィルム作成、スポンサーとアマチュア無線のためにビデオの作成をします。

1989年10月4日

5枚のブーベ島の航空写真と共に、次のような内容のテレックスが届く。
1:目標の100、000ドルに、あと25、000ドル足らない。
2:ペディションのスケジュールは12月12日モンテビデオ発、23日ブーベ島着、1月15日ブーベ島発、1月  26日モンテビデオ着
3:もし十分な機器が集まれば、5ー6人のオペで二つの場所に離れた五つの局を設置する。
4:1.9ー28MHzのほかに50MHzとRTTYも運用する。

1989年10月11日

 ブーベ島の航空写真のほかに、2万分の1のブーベ島の地図、SM6BGGによって作成されたブーベ島を中心とした大圏地図が送られてくる。

1989年10月16日

 アメリカのDXペディション・チームは、JA1BKに対して、OH2BHの参加が決定したことと、日本からオペレーターの派遣の推薦を依頼してくる。

1989年10月17日

 アイナーからテレックスが届く。
「募金は不十分だが、もうこれ以上待てない。2、3日後にノールウェー・ベルゲンにドック・インしているオーロラ号と契約し10月30日から準備を開始する。
ノールウェーからモンテビデオに向けて11月10日前後にヘリコプターを乗せ出発する。モンテビデオ発は12月11日予定である。」

1989年10月26日

 アイナーより「オーロラ号にヘリコプターを用意することができ、私の家から車で2時間くらいの古い捕鯨の町サンドフジョードから11月15日出航する。
一行はこの時には乗船せず、12月に南米から乗船する。」という最終段階に入ったことを意味するテレックスが入電した。

1989年10月28日

 JA1BKは、JF1IST藤原仁氏が、ギリシャより帰国したのを待って、DXペディションへの参加の話をし、参加する意志があるかどうか聞いてみる。アイナーと連絡し細部の交渉に入る。ここで日本人オペレーターが参加する可能性が出てきた。

1989年10月30日

 日高、ナガラおよびマスプロ電工から提供された、VS−33、TA−351、50T5(X2)を、ノールウェーのオーロラ号の出港地であるサンドフジョードに急送する。

1989年11月12日(日)

 ブーベ島DXペディションにJF1IST藤原仁氏とF2CWジャッキー氏が参加を決定した。
藤原氏はジャパンとオセアニア方面の専任オペレーターとして、ジャッキーはCWの専任オペレーターとして参加する。

1989年11月14日(火) オスロ発

 ヘリコプターと機材を乗せたオーロラ号は、11月14日13時30分(UTC)ノルウェーのサンドフジョード港を予定どおり出港した。

1989年12月3日(日) オスロ発

ブーベ島250年記念DXペディション  (1739ー1989) News Release # 5:
 オーロラ号は5トンの機材と軽油を載せてノールウェーを予定通りに出発し、今日赤道を通過してブーベに向かっている。
オーロラ号は、ベテランの船長Malvin Berentsen とノールウェーの乗員6名を乗せてノールウェーより南アメリカに向け順調に航行中です。
12月中旬にクラブ・ブーベ上陸メンバーの一行は船上で出会います。
LA1EE、LA2GV、JF1IST、HB9AHLとノールウェーの科学者2名とヘリコプターの乗員2名はクリスマスにブーベ島に到着し、約23日間滞在の予定です。
5台のアイコム・リグのフルセットとIC−751A、IC−2KL、IC−AT500、それに2台の100Wの6mリグはICOMアメリカとハム・ラジオ・アウトレット/W6RJ/WB6RZKの協力により支給されたものです。そしてHFのアンテナは、日本の日高とナガラより、6mのアンテナはマスプロとバテレ・クリーク・ミノオカより、他のアンテナとマッチング・ユニットの40/80/160用はW0CD/W2FMIより支給されました。
クラブ・ブーベは各クラブ、ファンデーション、そして個人より残りのUS14、000ドルの寄付をいただけるものと確信しています。
アメリカが予定しているブーベDXペディション・チームの最近のアナウンスでは、他の場所よりの運用を検討中の模様です。
クラブ・ブーベでは、もしアメリカ・チームのブーベ島運用が全部中止の場合を考慮し、W9グループ、アメリカ撮影隊、ブーベ島上陸チームに敬意を評して、アメリカの大学にブーベ島の岩を持ち帰りたいと思います。
運用周波数
BAND SSB CW RTTY
160m 1842Khz 1828 ーー
80 T.P.O 3502 ーー
40 7045 7002 ーー
20 14145 14022 14085
15 21195 21022 21085
10 28395 28022 28085
6 50195 50002
以上の送信周波数の+−QRMで3Y5Xは運用します。
3Y5Xの受信周波数は少し前か、運用中にアナウンスします。
航海中は、オーロラ号よりLA5X/MMでSSBは14260KHz+−QRMか、CWで14035KHz+−QRMで運用します。
たくさんのアマチュア無線家、グループ、雑誌社、DXニュース発行者らが良心的な経済援助をクラブ・ブーベにされた事で、このDXペディションが成功に向かっています。世界中の力が結集されました。
あなたもクラブ・ブーベDXペディションチームの一員です。クラブ・ブーベではクリスマス・ショーをお届けすることに最善を尽くし、今後も沢山の方々からのDXペディションに対する援助を期待しています。

1989年12月4日(月)

 日本人で初めてブーベ島の地を踏むJF1IST藤原仁氏は4日の夜、成田空港を出発し、サンパウロ経由でモンテビデオに向かった。